第 13回 海外の山を知ろう ジャヌー北壁映写会
都岳連海外委員会主催の "第 13回 海外の山を知ろう" に参加してきました。刺激が強すぎました。
会は都岳連海外委員の中川さんが、先日来日したロシアチームが置いて行った写真や DVD を上映しながら、解説を加えて進めて行く形式で行われました。

中川さんと澤田さん
"ロシアのアルピニズム" というテーマを元に解説されていましたが、"ロシアのアルピニズム" という言葉の意味にかなり違和感を覚えるというか、全く異質なものに感じられ、環境によって言葉の意味も変化するということを実感しました。詳細は当日配布された資料(Word形式) を見てもらえばわかりますが、アルピニズムをスポーツと位置づけています。
引用
-------
登山を文化として位置づけてしまうと、そこには上下が無くなってしまうのです。雰囲気として楽しければよいという事になってしまいます。スポーツとして位置づければ、そこには競争が生まれ、レベルの違いが出来てくるのです。登山というのは、ある程度のレベルの違いがあるものだと思います。そうした意味で、登山はスポーツです。
-------
社会主義国家での生活を想像できないので上手く書けませんが、登山を "競争" と関連付けるという考えは当方には全くありません。あくまでも個人の問題だと思うのですが。ただロシアチームがフリークライミングのスピードコンペで強い理由も良くわかりました。
ソビエト時代には "自由" というものは存在せず、その中で自己表現の手段としての登山を選び(それが自由?)、登山をスポーツと捉える国家の中で生活するために、幾多の厳しい競争を経て、国際スポーツマスターというプロの登山家の資格を得、登山家になったそうです。それでも好きな山に登れるわけではなく、登山は国防的な意味合いが強かったようです。ただ、国家から経済援助は得られていたので、常にレベルは維持できていたようです。
登山はスポーツ、競争という特有のアルピニズムをベースに登山をしていた彼らが、経済援助を受けていたソビエト崩壊後に、好きな登山をするためにスポンサーを集める意味もあって始めたプロジェクトがロシア・ビッグウォールプロジェクトです。ターゲットは以下。
1.パミール・アライ 4810m峰 1995年
2.アクス 1996年
3.トール 1997年
4.インド、バギラティⅢ 1998年
5.パキスタン、グレートトランゴ 1999年
6.パキスタン、ラトックⅢ峰(6949m) 2000、2001年
7.バフイン島グレートセイルピーク 2002年
8.ネパール、ジャヌー 2003、2004年
9.ベネゼエラ、ロマイラ 2005年?
10.フィッツロイ?
今回の上映に使われた写真や DVD は各プロジェクトでスポンサーに説明するための見せるための内容になっており、商業的な意味合いが強いものですが、そんな前提などとは無関係に、どれも素晴らしいクライミングばかりで、自分にとってはどれも雲の上の存在的な映像で凄く刺激的でした。果たして自分が現在やっているクライミングの延長にあの世界が存在するのか不安になりました。もちろん質は全く違うでしょうが、根本的にやり方を変える必要があるのかもしれません。
紹介された映像はアクス、バギラティIII、ラトックIII、エベレスト北壁、グレートセイルピーク、ジャヌー北壁でした。

パキスタン・ラトック III峰
これだけのレベルのクライミングをしているにもかかわらず、死亡者が出ているのはラトックIII で 1名だけというのも素晴らしい実績です。彼らの強さは際立っています。登山のエリート中のエリートと言うこともありますが、エベレストやジャヌーの山頂にもカメラを複数台担ぎ上げており、いくらスポンサーを得るためとは言え、余程の余裕がないとできない芸当です。
エベレスト北壁、ジャヌー北壁では包囲法を使っているものの、過去に日本隊がしていた包囲法とは違い、少人数でほとんどシェルパレスで彼らだけで行っているので、どちらかというとアルパインスタイルに近いのではと思います。中川さんも "他人の力を極力借りないことが重要" と盛んにおっしゃっていました。それでも批判が出るというのはもう想像を絶する世界です。まさに羽生丈二の世界(理想の世界) に近いです。

エベレスト北壁

バフィン島グレートセイルピーク
登頂終了後に一人のメンバーがパラパントでダイブしていました。

ジャヌー北壁

おっ、このアックスは例のアレですね。アイスクライミングコンペのスピード競技でロシアチームが使っていたアックスです。来年以降はレギュレーションに引っかかるそうですが、実践でも使っているとは。
映像で面白かったのは、ポーターレッジ等の自分の荷物は全部自分自身で腰からぶら下げて荷揚げ(ユマーリング) していることでした。その他にもフックに結んでいるスリングを手で縫っていたり、自作のバットフックみたいなものもあったりとおーっと思える映像もありました。
上映会の後、委員の方たちと飲みましたが、自分のスケールの小ささ、考え方の甘さを痛感しました。中川さんの隣に座って話を聞いていましたが、海外のクライミングの話にまったく付いていけず、久しぶりに孤独感を味わいました。確かに、バギラティ、グレートトランゴ、ラトック、ジャヌーの位置関係を地図上で説明しろと言われてもわかりません。前提となっている海外の基礎知識が無さ過ぎなので海外の雑誌を本格的に読む必要性を感じました。ロクスノで広義のヒマラヤ特集とかやってくれれば嬉しいのですが。
参考情報
ロシア人クライマーのフィルム (旅の空)
海外の山を知ろう、ロシア隊のビデオ上映@池袋、勤労福祉会館 (岩とリズム)
海外の山を知ろう ジャヌー北壁映写会 (プチクライミングバムWITHわんこ)
会場で先日お世話になった柏さんをお見かけしたので、かーばたさんと挨拶しようと思ったのですが、ちらっとお見かけはしたものの、挨拶できずじまいでした。残念!!
会は都岳連海外委員の中川さんが、先日来日したロシアチームが置いて行った写真や DVD を上映しながら、解説を加えて進めて行く形式で行われました。

中川さんと澤田さん
"ロシアのアルピニズム" というテーマを元に解説されていましたが、"ロシアのアルピニズム" という言葉の意味にかなり違和感を覚えるというか、全く異質なものに感じられ、環境によって言葉の意味も変化するということを実感しました。詳細は当日配布された資料(Word形式) を見てもらえばわかりますが、アルピニズムをスポーツと位置づけています。
引用
-------
登山を文化として位置づけてしまうと、そこには上下が無くなってしまうのです。雰囲気として楽しければよいという事になってしまいます。スポーツとして位置づければ、そこには競争が生まれ、レベルの違いが出来てくるのです。登山というのは、ある程度のレベルの違いがあるものだと思います。そうした意味で、登山はスポーツです。
-------
社会主義国家での生活を想像できないので上手く書けませんが、登山を "競争" と関連付けるという考えは当方には全くありません。あくまでも個人の問題だと思うのですが。ただロシアチームがフリークライミングのスピードコンペで強い理由も良くわかりました。
ソビエト時代には "自由" というものは存在せず、その中で自己表現の手段としての登山を選び(それが自由?)、登山をスポーツと捉える国家の中で生活するために、幾多の厳しい競争を経て、国際スポーツマスターというプロの登山家の資格を得、登山家になったそうです。それでも好きな山に登れるわけではなく、登山は国防的な意味合いが強かったようです。ただ、国家から経済援助は得られていたので、常にレベルは維持できていたようです。
登山はスポーツ、競争という特有のアルピニズムをベースに登山をしていた彼らが、経済援助を受けていたソビエト崩壊後に、好きな登山をするためにスポンサーを集める意味もあって始めたプロジェクトがロシア・ビッグウォールプロジェクトです。ターゲットは以下。
1.パミール・アライ 4810m峰 1995年
2.アクス 1996年
3.トール 1997年
4.インド、バギラティⅢ 1998年
5.パキスタン、グレートトランゴ 1999年
6.パキスタン、ラトックⅢ峰(6949m) 2000、2001年
7.バフイン島グレートセイルピーク 2002年
8.ネパール、ジャヌー 2003、2004年
9.ベネゼエラ、ロマイラ 2005年?
10.フィッツロイ?
今回の上映に使われた写真や DVD は各プロジェクトでスポンサーに説明するための見せるための内容になっており、商業的な意味合いが強いものですが、そんな前提などとは無関係に、どれも素晴らしいクライミングばかりで、自分にとってはどれも雲の上の存在的な映像で凄く刺激的でした。果たして自分が現在やっているクライミングの延長にあの世界が存在するのか不安になりました。もちろん質は全く違うでしょうが、根本的にやり方を変える必要があるのかもしれません。
紹介された映像はアクス、バギラティIII、ラトックIII、エベレスト北壁、グレートセイルピーク、ジャヌー北壁でした。

パキスタン・ラトック III峰
これだけのレベルのクライミングをしているにもかかわらず、死亡者が出ているのはラトックIII で 1名だけというのも素晴らしい実績です。彼らの強さは際立っています。登山のエリート中のエリートと言うこともありますが、エベレストやジャヌーの山頂にもカメラを複数台担ぎ上げており、いくらスポンサーを得るためとは言え、余程の余裕がないとできない芸当です。
エベレスト北壁、ジャヌー北壁では包囲法を使っているものの、過去に日本隊がしていた包囲法とは違い、少人数でほとんどシェルパレスで彼らだけで行っているので、どちらかというとアルパインスタイルに近いのではと思います。中川さんも "他人の力を極力借りないことが重要" と盛んにおっしゃっていました。それでも批判が出るというのはもう想像を絶する世界です。まさに羽生丈二の世界(理想の世界) に近いです。

エベレスト北壁

バフィン島グレートセイルピーク
登頂終了後に一人のメンバーがパラパントでダイブしていました。

ジャヌー北壁

おっ、このアックスは例のアレですね。アイスクライミングコンペのスピード競技でロシアチームが使っていたアックスです。来年以降はレギュレーションに引っかかるそうですが、実践でも使っているとは。
映像で面白かったのは、ポーターレッジ等の自分の荷物は全部自分自身で腰からぶら下げて荷揚げ(ユマーリング) していることでした。その他にもフックに結んでいるスリングを手で縫っていたり、自作のバットフックみたいなものもあったりとおーっと思える映像もありました。
上映会の後、委員の方たちと飲みましたが、自分のスケールの小ささ、考え方の甘さを痛感しました。中川さんの隣に座って話を聞いていましたが、海外のクライミングの話にまったく付いていけず、久しぶりに孤独感を味わいました。確かに、バギラティ、グレートトランゴ、ラトック、ジャヌーの位置関係を地図上で説明しろと言われてもわかりません。前提となっている海外の基礎知識が無さ過ぎなので海外の雑誌を本格的に読む必要性を感じました。ロクスノで広義のヒマラヤ特集とかやってくれれば嬉しいのですが。
参考情報
ロシア人クライマーのフィルム (旅の空)
海外の山を知ろう、ロシア隊のビデオ上映@池袋、勤労福祉会館 (岩とリズム)
海外の山を知ろう ジャヌー北壁映写会 (プチクライミングバムWITHわんこ)
会場で先日お世話になった柏さんをお見かけしたので、かーばたさんと挨拶しようと思ったのですが、ちらっとお見かけはしたものの、挨拶できずじまいでした。残念!!